Books Domino

© Guus Vreeburg / Het Plafond, Rotterdam; 061104

田口行弘の「Books Domino」には(有り難いことに!)何か謙虚なものを感じる。そして(有り難いことに!)本に敬意を表するものだ。それも私達の本に。
私達、が彼と知り合ってからもう何年かになるが、彼は本が私達の人生において如何に重要なものなのか、本が私達にとって何よりも大切な宝であることを、良く知っている。
私達の躊躇をよそに、彼は何のためらいも無く直ぐに作業に取り掛かり始めた。作業とは私達の本棚にある本を全て年代順に隣同士に並べていくことである。

私達のアート・スペース、Het Plafond, の空間に対しての田口氏の反応は2種類のものだった。
まず、前述した通り彼はPlafondの直ぐ近くにある私達のスタジオにある膨大な本のコレクションに魅了された。そしてそれと同時にHet Plafond(天井)という名前からもわかる、ギャラリーの特殊な空間に対しての反応も示した。彼は私達の頭上から天井まで届く構造を作ると、そこにドミノ倒しのように一冊ずつ本を並べていった。
本棚のモノグラフのセクションからは私達の文化を形成してきた偉人達の本を選んだ。
もちろん本というのは通常その様に配置されるわけではなく、読者の手の中に、もしくはテーブルの上に置かれたりする。本棚に置かれているときは一冊の本は他の本に、その本はまた他の本にと絶え間なく寄りかかり合っている。これはその本の作家達がお互いの存在を必要としていることのなんと美しいメタファーだろう。田口のインスタレーションでも全ての本は隣接していて、一冊だけ離れているものはない。

立てられている本はまた、常に不安定で今にもバランスを崩しそうな状態にある。これは一方では個人の不安定な在り方、そしてもう一方では本が内包する知的、精神的エネルギーの繊細なメタファーである。
田口が選んで並べた本達は、ブッダから始まり、旧約聖書、そしてプラトンを通って現在へと、たまたま私達の本棚の配列に非常に似通っていた。
そしてそのことは、私達の本のコレクションが私達自身を反映しているのだということを明らかにした。古典、または中世の書物は少なく、大半が私達が最も敬愛する20世紀後半の作家達の本で埋め尽くされている。私達が尊敬してやまない作家達の本が田口が作り出した構造の上に並び私達を囲んだということは(時には私達の頭上直ぐ近くで)、私達とその作家達の関係を明白にしていたのではないだろうか。

オープニングの際、全てのものの非永続生を説いたブッダの本が旧約聖書に倒れかかり、そしてそれはプラトンへ、ダニエル・ケールマンの小説へ、ウィレム・ベッセリンクの小冊子へと倒れかかって行き、最後に田口行弘本人、つまりこの文章に辿り着いた。様々な無数の本達がお互いに寄りかかって行く。なんと美しい光景だろう。全ての本は他の本へと自身のエネルギーを伝えて行くのである。
ただ一つ残念なのがこの動きが過去から現在へと直線的なものだったことだ。もちろん文化は直線的なものとして考えることはできない。精神は自由だ。そして本は私達に過去の世界にさかのぼることさえをも可能にする。「Books domino」で田口が示したのは、彼にとって最も重要な側面だったわけである。

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